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小谷城

1573年浅井氏が滅亡すると、信長は褒美に秀吉に城を与えました。

小谷城、浅井領十八万石が秀吉のものになった。

秀吉は、一国一城のあるじになり、ねね、母親のなか、妹を城中に呼びました。

秀吉はまもなく今浜に居城を移し尾張浅井の傍流で近江浅井の末流という血統を買われたかその旧領北近江三郡に封ぜられました。

元々今浜という名だった地を「長浜」と改める。

そして秀吉自身もまた「羽柴筑前守秀吉」と名乗ります。

織田家のふたりの重臣丹羽長秀と柴田勝家から一字ずつをもらい受け、苗字の木下を羽柴に改めます。

信長は、五三の桐、この家紋を秀吉に許しました。

近江より人材発掘に励み、旧浅井家臣団や、石田三成・加藤清正・福島正則などの有望な若者を積極的に登用しました。

長浜城に秀吉は二人の側室を迎えます。

やがて二人の側室は子供を生むがいずれも幼くして世を去りました。

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