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新聞創刊

 1882年(明治15年)には日刊新聞「時事新報」という新聞を発行して、活発な言論活動をおこない明治の新しい文化に大きな役割をはたしました。

しかし、「時事新報」の発行には、さまざまな困難が有りました。

一つは政府による検閲でした。

諭吉の書いた社説が取り締まりの対象になり、発行停止処分を受けることもしばしばありました。

1898年(明治31年)7月1日から1899年(明治32年)2月16日まで計67回にわたって「福翁自伝」(ふくおうじでん)は「時事新報」に掲載されました。

単行本は1899年(明治32年)6月15日に刊行。

慶應義塾大学では、毎年新入生に配布されます。

福澤諭吉の人柄がわかるだけでなく、幕末の動乱期に近代思想の先駆者として日本を導いた福澤諭吉本人の自叙伝は近代史の貴重な文献でもありました。

「門閥制度は親のかたき」等の有名な言葉もこの自伝からでした。

この年の9月26日に脳出血で倒れ、いったん回復し、1900年(明治33年)8月8日に再び倒れ意識不明になりましたが、約1時間後に意識を回復しました。


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