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鏡・玉・銅鐸とは…

鏡と呼ばれる銅鏡は、太陽の光を反射させ姿を写す神秘的な物で、この鏡には魔力が宿ると言われ、権威を示す物でもあったのです。

各地の遺跡から多数の銅鏡が出土されていて、卑弥呼が魏へ使いを送った年でもある「景初三年」(239年)の刻まれた鏡も見つかっています。

そして、玉はヒスイやメノウなどの石やガラス玉などを削り、磨き、穴を開け、つやを出した物が勾玉・管玉と呼ばれています。

この勾玉や管玉を作るには高度な技術が必要とされ、鏡や玉はどちらも貴重品で位の高い人達の墓などから発見されているので儀式などにも使われていたと考えられています。

次に銅鐸は、釣鐘型の青銅器で遺跡などから450点位が出土されています。

朝鮮から鉄器と同時期に伝わりますが、この時の銅鐸は小さな物でしたが、その後大きくなり装飾されたり祭りや儀式などに使われるようになっていきます。

祭りが終わると山などに埋められたと考えられています。

そして、当時の成分(銅・スズ・鉛の合金)と同じ物で再現されると美しい音色と金色に輝き、銅鐸は祭りなどの儀式に使うのに相応しい物だったようです。

現在、鏡・玉・銅鐸は遺跡などから発見されていますが、魏から贈られたと言われる金印は発見されていないため贈られたのではなく、貸し出されていたという説もあり、卑弥呼が亡くなったので返したのではないかとも言われています。

全てが謎に包まれている「邪馬台国」「卑弥呼」ですが解明される日はいつなのでしょうか…


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