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誕生から人質生活へ
1542年【旧暦 天文11年12月26日】三河(愛知県)の岡崎城主である松平広忠の長男として生まれます。
幼い時は竹千代と呼ばれその後、元信・元康そして家康と改めていきます。
2歳の時、母・於大(伝通院)と生き別れとなり松平家の力が弱かったために6歳の時、今川義元の人質となるため城を出ますが尾張(愛知 県)の織田信秀に連れ去られてしまい織田家の人質となります。
そして、1549年に駿府(静岡)の今川家の人質となります。
人質生活は尾張で2年、駿府で12年ほどありとても苦労したと言われています。
1560年5月に今川義元は桶狭間の戦いで織田信長の奇襲にあい、討死にしたため家康は人質生活を終えて三河の岡崎城に帰ることができ ました。
家康、19歳の時でした。