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太子の誕生

 聖徳太子は西暦574年、用明天皇と母の穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう) の第二皇子として、この世に生まれました。

厩(うまや)(馬を飼育する所)の前で生まれたので厩戸皇子(うまやどのおうじ)と呼ばれていました。

とても賢い人で10人の訴えを一度に聞いて裁決をあたえたので、厩戸豊聡耳皇子(うまやどとよとみみおうじ)とも呼ばれていました。

聖徳太子というのは、後世の人がつけた呼び名でした。

誕生にまつわる伝説で西暦571年、聖徳太子の母である穴穂部間人皇女の前に、全身が金色に輝く僧が現れて、「我に救世の願あり。

しばらく皇女の腹に宿る」と言いました。

その僧は、「西方の救世観音菩薩」と名乗り、皇女がそれに同意すると、皇女の口から体内へと入っていきました。

 皇女が身ごもり、8ヶ月のときにはお腹の中から声を出し、用明天皇はとても驚きました。

その後、臨月を過ぎても生まれる兆候は全くなく、金色の僧が現れてから1年後の1月1日、宮中を見回り中の皇女が厩戸の前まできたところ、陣痛もないまま、突然子を産み落としました。

皇女は痛みがなかったので、自分が子を産み落としたことに気づかなかった。

 赤子は小さな小豆ほどの大きさの仏舎利(仏陀の骨)を握りしめていました。


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