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紫式部の誕生

 生まれた年には色々な諸説が有りますが延元年(973年)頃父、藤原為時と母、藤原為信の娘として生まれました。

兄弟に藤原惟規がいるほか、姉の存在もありました。

父、藤原為時は 30代に東宮の読書役を始めとして、東宮が花山天皇になると蔵人、式部大丞と出世したが、花山天皇が出家すると失職しました。

10年後、一条天皇に詩を奉じた結果、越前国の受領(平安時代の中頃、中央から地方に下がって国衙(国の役所)で実際に政務をつかさどった者の事で、都で出世出来ない中・下級の貴族が多く任命されました)に、なれるくらいの家柄でした。

 代々すぐれた歌人や学者を出しており、父の為時も詩や和歌にすぐれ、叔父の為頼もすぐれた歌人として知れていました。

このような家に育った式部は、幼いときから学問好きで、父の書物を読んだり、音楽や仏典の教養を身に付け才気を発揮しており、父・為時は紫式部が男子でなかったことを惜しんでいました。

小さいときに母親と死に別れ、少女のころに姉を失った紫式部は、表面はおとなしく控えめであったが心の中は、たいへん強いものを持っていました。

中国の学問を読み和歌を学んで深い教養を身につけました。


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