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妻・夏目鏡子

漱石の妻、中根鏡子は1877年(明治10年)7月21日に生まれました。

2人の出会いは1895年12月の縁談でした。

歯並びの悪い 口元も覆わずに笑う鏡子に好感を抱き、鏡子は漱石の容姿にひかれて2人は婚約しました。

翌年、熊本県第五高等学校の講師になり、6月に 熊本市下通町に家を借りて鏡子との結婚生活を始めました。

鏡子は家事をするのが苦手だったので漱石に叱られる事もありました。

鏡子はヒステリーを起こす事があり、それが漱石の神経衰弱などの原因になったとも言われていました。

しかし、夫婦仲は悪くなく
1899年(明治32年)5月 長女・筆子誕生
1901年(明治34年)1月 次女・恒子誕生
1903年(明治36年)10月 三女・栄子誕生
1905年(明治38年)12月 四女・愛子誕生
1907年(明治40年)6月 長男・純一誕生
1908年(明治41年)12月 次男・伸六誕生
1910年(明治43年)3月 五女・雛子誕生と、7人もの子供も授かりました。

そして、イギリス留学中も漱石は鏡子へ 手紙を送りますが返事があまり来なかったため漱石はいら立ちました。

しかし、その頃の鏡子は2人の子供との生活に苦労していました。

悪妻と思われている鏡子ですが性格は裏表が無く、子供や孫達からも慕われる女性でした。

夫である漱石の事は、病気の時も面倒を見て支え 続けました。

そして1911年(明治44年)11月29日に五女の雛子が原因不明で亡くなりますがこの時の死が漱石の死後、遺体解剖を する事へと繋がっていきました。


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