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学生時代

入学、中退などを何度か繰り返す事もありましたが1883年に英語を学ぶため成立学舎に入学後は、優れた能力をいかし英語の成績は特に 優秀でした。

そして、大学予備門に入学後の1885年(明治18年)に神田猿楽町の末富屋に同級生約10名と下宿をしました。

翌年の7月には腹膜炎に罹り、予科二級への進級試験が受けられず、成績もこの頃は悪かったために落第しました。

そして江東義塾で教師をし、塾の寄宿舎に移りました。

塾の教師は2時間教えて給料が1ケ月5円でした。

1891年(明治24年)東京帝国大学文科大学英文科に入学後、特待生に選ばれ授業料免除など受けていました。

そしてJ・Mディクソン 教授は英文学を学び優秀だった漱石に「方丈記」の英訳を頼みました。

1892年(明治25年)4月、徴兵を逃れるために分家届を出し、北海道後志国岩内郡吹上町へと籍を移しました。

同年5月には東京専門 学校の講師もしました。

1893年、英文科を卒業しますが漱石で2人目の卒業生でした。

同年10月に東京高等師範学校に勤めますが、こ の時の年俸は450円でした。


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